発酵肥料湯たんぽ

発酵肥料湯たんぽ

冬は毎朝、畑ですべての野菜がカチコチに凍りつきます。なので、収穫は野菜の凍りが溶けてから午後収穫し、翌日まで凍りつかないように気を付けて保管しているのですが、この日は特別でした。

突然の寒波襲来で、ありとあらゆる水道が凍ってお昼を過ぎても凍ったまんま。出荷場で布団をかけていた野菜までカッチコチで透明な色になっていました。

その日、小松菜を収穫している時、小指の感覚がなくなっている事に気づきました。寒さは一定を超えると痛さに変わりますが、痛さを越えると感覚を失うのですね。これは、まずいだろうな。と思い、ビニールハウスの中で作っている発酵肥料の山の中に手を突っ込みました。

 

発酵肥料は50~60度位の温度を日夜保っている優れものです。1分ほどで手の感覚が戻ってきましたたが、これから仕事の間、何度もハウスへ戻ってくるわけにはいきません。そこで、餌袋の中に持てるだけの発酵肥料を詰めて、湯たんぽを作ってみました。

 

車に乗せて持ち歩いた所、結局、それから3時間ほどかかった収穫・出荷一連の仕事の間、それは発熱をし続けて、暖かな温度を保っていました。まるで大きなホッカイロ。今年の冬はこの発酵カイロで乗り切れそう。発酵臭は強烈ですけどね(-_-;)。(作業の時は手袋をしているので野菜に匂いはついておりません!)勝

発酵肥料の写真  材料:もみ殻150kgヌカ150kg鶏糞50kg水220L

 
≪連載 17年前の志≫その2
2000年の作文から  夏世(20歳)
(前回からの続き)

しかし、キュウリばかりに時間をかけられないようになってきた。他の畑のあれもこれもの仕事が入ってきたからだ。夏の野菜はどれも初めて。一から学んで収穫。だけど、一番大変だったのは、収穫ではなく管理。ナス・ピーマンは支柱やテープでしっかり支えなくては風害で折れてしまう。葉物は、うまく掃除刈りしないとだらしなくのびてしまう。この時私の仕事は飽和状態。どれを優先するのかを考えなければやって行けそうになかった。

出勤時刻は4時半。5時までにキュウリを収穫。それから30分ヤギの乳しぼり、5時半から1時間キュウリ以外の野菜の収穫。そして6時半に事務所に集合。これが私のこなさなければいけないタイムテーブルだった。

私はその時どうにもならない自分の力量のほどを知った。そして、泣きたくなるような自然の厳しさを感じた。私は思った。虫をつぶす手は、自分のできる精一杯の抵抗なんだと。そうしなければ自分一人生きていけないのだと。喰うか喰われるかの世界に私も生きているんだと感じた。私も虫も生命において平等であると思った。それ以来、胸につかえていたものがとれ、母も心配していた宗教的なこだわりがなくなったようだ。

そのころから農業がぐんとおもしろくなってきた。(続く)